小川博史 記事録

神秘的な世界を描く 洋画 小川博史

  • 『中日新聞』 美を創る 1982年8月21日 夕刊
  • (中日新聞社発行)

ギリシャにひかれ…

 今年二月、光風会の六八回展で最高賞の辻永記念賞を受賞した。受賞作品は一二〇号の大作《北風》。畳一畳以上もあるキャンバスいっぱいに髪をなびかせた裸婦が立つ。脱色させたような白い髪、焼けただれたガレキを思わすようなバックの配色、そして絵筆はほとんど使わずパレットナイフで絵の具を厚く塗り重ねていく独特のタッチが、小川調ともいうべき重厚でかつ神秘的な美の世界を描き出す。


制作に余念のない小川博史画伯(自宅アトリエにて)

制作に余念のない小川博史画伯(自宅アトリエにて)


 一昨年の日展には《風》、昨年の日展には《西風》と、このところ一連の風シリーズに取り組んでいるが、そこでは小川さんが今も最も強くひかれる世界——西洋文明発祥の地である古代ギリシャのエスプリ(精神)神秘性といったものを、風に象徴させて描き出そうとする。

 絵は小学生のころから好きでよく描いたが、古美術の愛好家だった父親の影響もあって、子供のころから古代文明の発祥地であるエジプト、ギリシャ、メソポタミアなどへのあこがれが強かった。そんな神秘な世界へのあこがれが、その後の作品のモチーフともなる二度にわたる海外旅行につながっていく。

 最初の旅は一九五七年。海外旅行といっても今と違ってまだまだ大変な時代に、単身エジプトからギリシャ、フランス、スペインなどヨーロッパ各地を六カ月がかりで回ってきた。この旅の第一の目的はエジプトにあったが、いざ出かけてみるとエジプト以上に小川さんの心を強くとらえたのがスペイン、それもバルセロナなどでみた中世のロマネスク芸術だった。これを契機に、その後はロマネスクに傾倒し、スペインの山とか町などを題材にした作品を数多く手がけた。

 二度目の旅はそれから一七年後の七四年。このときは行き先をギリシャにしぼり、エーゲ海の島々を巡って古代ギリシャの息吹にふれてきた。

 「エーゲ海にあるキクラデス諸島。そこでは何千年も昔に作られた素朴な大理石の人形があるんですが、その造形的感覚は今みてもとてもすばらしいものです。それからやはり今から三五〇〇年ほど前に島の大半が一夜にして陥没して海中に消えたというサントリーニ島。ここにもびっくりするような、すばらしい文化が残っているんです。そうした強じんなギリシャの精神、崇高なまでの神秘さといったものに強くひかれます。だから私が作品で描こうとするものもギリシャの風物ではなく、あくまでもその精神です」と、今もギリシャへの熱い思いをふつふつとたぎらせながら、ギリシャの心を描き続けている。

 この九月から一〇月にかけては名古屋(九月一七日〜二八日、日動画廊)と東京(一〇月四日〜一二日、銀座・日動サロン)で五年ぶりに個展を開く。今はその仕上げに忙しいが、愛用のパレットナイフをにぎってキャンバスの前に立つ姿は青年のようにハツラツとして若々しい。この個展には風シリーズなどの最新作をはじめ青年時代によく描いた海女舟などの作品も含め、約七〇点が出品される。


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